はじめに 日本共産党の歴史的な退潮の3大原因の2つ目である国民各階層に根強く定着している「社会主義への強い忌避感」の克服は、共産党にとって浮沈をかけた課題である。克服する策の一つは、資本主義に対する社会主義の優位性を訴え続けること。二つ目の策は、共産党が公式に(旧ソ連型の)社会主義革命と社会主義建設の放棄と否定を内外に宣言すること。本稿では、二つ目の策に従うことで、日本共産党が躍進する時代を拓く道を探る。例によって、未来の党首である宮本哲三氏に敬体(ですます調)で語ってもらう。
なお、本稿のはっきりとした目的は、(1)現綱領に内在するフローチャートとしての不備を正し、(2)もって、現綱領を、各種のマルクス主義破綻論を乗り越えて前へ進む指針として更に進化させることにある。
24世紀を見据えた綱領路線(宮本哲三)
2023年に採択された日本共産党の綱領は、不破哲三氏や志位和夫氏らが中心となって日本における社会主義への道を探求してきた画期的な到達点を示しています。しかし、それはなお、生産の社会化が主たるテーマになる段階に関する幾つかの認識で不明瞭な点があります。別の言い方をすれば、2023年綱領は、なお旧い社会主義革命論の影響下にあります。今大会の任務は、この問題点を正し、24世紀を見据えた新しい綱領路線を採択することです。
2023年綱領の到達点
まず、2023年綱領の到達点を確認しておきます。それは、当面する民主主義革命を、次のように定めています。
現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、異常な対米従属と大企業・財界の横暴な支配の打破――日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である。
また、当時の綱領は、民主主義革命が達成された次の段階について、次のように規定しています。
日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。
続いて、社会主義をめざす権力について、次のように述べています。
その出発点となるのは、社会主義・共産主義への前進を支持する国民多数の合意の形成であり、国会の安定した過半数を基礎として、社会主義をめざす権力がつくられることである。
2023年綱領に至るまでの綱領路線の変遷は、ウイキペディアが簡潔にまとめています。
戦後の日本共産党は、日本の現状を、アメリカ帝国主義と日本独占資本に支配されていると規定し、この両者の支配を打ち破る人民の民主主義革命をおこない、それから連続的に社会主義革命へと至るという二段階革命論をとった。しかし日本共産党は、徐々に「人民の民主主義革命」と「社会主義革命」の連続性を強調しなくなり、ついには「民主主義革命」と「社会主義革命」は完全に分離された。(ウイキペディア)
2023年綱領が画期的であるのは、「『民主主義革命』と『社会主義革命』を分離した」ことです。
2023年綱領の問題点
さて、今大会決定の草案で「なお、2023年綱領は、旧い社会主義革命論の影響下にある」として問題にした一つは、「民主主義革命が達成された次の段階では、果たして、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が課題となるのか?」という点です。言い換えれば、我々は、「いくつかの移行の段階をとおって、社会主義的な変革が課題になるのではないのか?」という漠とした考えを持っていました。この疑問に対する明瞭な答えを見つけるのが、私らに課せられた宿題でした。
ある党員から、この疑問を解く有力なヒントが寄せられていたので紹介します。
民主主義革命が達成された後の我々の次なる任務は、市場経済を維持しつつ、資本主義的な古い質を減らし、共同社会的な新しい質を増やしていく漸次的進化を牽引することだ。このポスト資本主義革命とも言うべき漸次的進化は、必ずや、社会全体の相転移をもたらす。この社会全体を一歩高い次元に移行させる飛躍によってこそ、社会主義的変革が主要課題となる次なるステージ(ポスト資本主義の時代)が出現する。
ポスト資本主義の時代では、何年かの時間を要する過程をとおり、一歩一歩と社会主義の時代に接近していく。我々が目指す社会主義革命は、幾つかの段階をとおって行われるもので、ロシア革命のように「決定的打撃の単一の行為」によって行われるものではない。そのことを知る我々は、断固として、いわゆる社会主義革命という形態による変革そのものを拒否する。
(飛躍の二つの形態 「弁証法的論理学試論」参照 寺沢恒信著)
幹部会は、「民主主義革命と社会主義変革との間に連続性はなく、独立・民主・平和の日本を実現する民主主義革命が達成された後も、引き続き資本主義の枠内での改革がテーマとなる。このポスト資本主義革命では、資本主義的な古い質を減らし、共同社会的な新しい質を増やしていく改革が追及される。この漸次的進化は、やがて社会全体の相転移をもたらす。こうして、社会は、ポスト資本主義の段階を迎える。このポスト資本主義社会において初めて社会主義的な変革がテーマになる」とする提言が、まったく正しいということで意見が一致しました。
また、幹部会は、「我々が目指す社会主義革命は、幾つかの段階をとおって行われる」と、我々が目指すべき革命の形態が「飛躍が、単一の行為で行われる第一の形態ではなく、一定の過程を経て行われる第二の形態である」ことを明確にしたことは、画期的な前進であることを確認しました。
次に、2023年綱領の二つ目の問題点である、生産手段の社会化に関して報告します。
ここまでで、党員諸氏は、社会主義的変革が主要課題となるステージが出現するのは早くても24世紀になるだろうと予想されたと思います。まったく、その通りです。民主連合政府が樹立されるのは早くても23世紀、そして、市場経済を維持しつつ漸次的な改革に取り組んで社会全体に相転移が起こるのが24世紀初頭から半ば。今から200年~250年先の遠い未来です。
2023年綱領では、社会主義的変革の中心である《生産手段の社会的領有》について次のように記述しています。
社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。(2023年綱領)
さて、日本郵政やJR、NTT、電力各社はサービス業ですから、主要な生産手段とは言えません。だとすれば、仮に、トヨタ自動車株式会社が24世紀まで存続していたら、同社は、主要な生産手段の筆頭になります。では、複合企業として発達した世界に冠たるトヨタグループ全体の所有・管理・運営を、具体的には、誰がどのように担当するのでしょうか?高度に発達した生産管理ノウハウと生産技術を当たり前のように実践・駆使している同社の工場を、誰がどのように管理するのでしょうか?2023年綱領に、そのはっきりした答えを見い出すことはできません。
「国有化」や「集団化」の看板で、生産者を抑圧する官僚専制の体制をつくりあげた旧ソ連の誤りは、絶対に再現させてはならない。(2023年綱領)
と、戒めの言葉はありますが、具体的に所有権・管理権・運営権を誰の手に移すのかは、示唆すらされていません。フランス政府がルノーの筆頭株式であるスタイルをもって、所有・管理・運営を社会の手に移すとするのは、多少の無理があります。それじゃー、国による企業のMergers(合併) and Acquisitions(買収)による旧ソ連のトップダウン型の社会主義の復活に繋がりかねません。
このように考えると、24世紀を展望した場合には、「生産の社会化と取得の私的・資本家的矛盾を止揚するには、生産手段の所有権・管理権・運営権を資本家から剥奪しプロレタリアートが握るべきだ」という伝統的な考えを大胆に見直す必要があります。もっと、はっきり言えば、《プロレタリアートが、生産手段を掌握するスタイルを生産の社会化とする考えを捨てる時が来た》ということです。そういう方向で、先の《誰が問題》は解決されるべきです。以上のような討論を踏まえて、幹部会は、社会主義的な変革の中心課題を《生産の社会化》とすることにしました。
そもそも社会主義革命とは、生産と取得が対立した資本主義的な秩序を壊して、生産と取得を一歩高い次元で統一した社会主義的な秩序に移行させることです。当然のことながら、一歩高い次元で統一するやり方、生産手段の社会的領有のスタイルは、資本主義の発展段階によって異なります。24世紀には、24世紀のやり方があるということです。生産の社会化を社会主義的変革の中心課題としたことは、この我が党の考えをはっきりと表明するものです。
未来のトヨタ自動車グループの経営に携わる者は、先ず第一に、同社の生産性を高め、高い利益をもたらすことを求められます。同時に、社会的な存在としての役目を果たすことも求められます。そこにおいては、日本経済や地球環境との調和を図るという高い経営判断が含まれます。そして、その任に当たるのは、共同体の神ではなくて人である点が重要なポイントです。担当者は、社会の発展段階がもたらす制約を前にして、様々な試行錯誤を余儀なくされる筈です。このことは、まったく想像に難くありません。
このことを考えると、生産の社会化(生産手段の社会的領有)は、短期間に実現されるものではなく、相当の期間を要する漸次的な進化のプロセスとなるのは明らかです。もちろん、100年、200年を要するプロセスだとしても、人類史という視点から俯瞰すれば、それは極めて短期間に起きる革命的な進化と言えます。
幹部会としては、未来のトヨタ自動車グループは、24世紀の政府との連携を深めて、同社の社会的領有を実現していくという見通しを持っています。言うなれば、社会全体に共同社会を目指して政府・企業及び個人が歩調を揃えて社会主義的改革に取組むことが現実に始まるという見通しです。このことが、社会全体の相転移によって出現するポスト資本主義社会の特徴だと考えています。これは、正しく、トップダウン型の旧ソ連とは対極にある社会主義への道です。
一言付け加えておけば、幹部会は、《24世紀における生産手段の社会的領有のスタイルは、1800年代に書かれた文献から完全に自由である》ということも宣言しておきます。
新しい綱領での未来社会の記述
以上のような慎重な検討を踏まえ、民主主義革命後については、引き続き資本主義の枠内での漸次的進化の為の諸課題に取組み、社会全体の相転移を目指すこと。相転移で出現したポスト資本主義時代においては、連続的に生産の社会化と取得の私的・資本家的矛盾を克服する具体的な改革に着手することを簡潔に述べるに留めることとしました。生産手段の社会的領有に関する予測的な具体策を述べることはしないで、生産の社会化という表現に留めました。
民主主義革命が達成された後、市場経済を維持しつつ、資本主義的な古い質を減らし、共同社会的な新しい質を増やしていく漸次的進化の取組みが行われます。この資本主義の枠内で改革が蓄積された結果、社会は全体として、自由で平等な共同社会を目指す新しい段階を迎えます。この段階に到達した社会では、生産の社会化という社会主義的な改革が中心課題となります。我が党は、これらの取組みを牽引することで、生産の社会化と取得の私的・資本家的矛盾を克服した搾取も抑圧もない共同社会の建設の先頭に立つ。
この新しい綱領で、我が党は、暴力革命によってプロレタリア独裁政権を樹立して社会主義国家を建設するというトップダウン型の革命を完全に否定しました。これで、我々が目指すのは、国民各階層と共に歩む社会変革であることが誤解の余地なく明らかになりました。
かって、車椅子の物理学者スティーヴン・ウィリアム・ホーキング博士は、日本講演で次のような主旨のことを言っています。
山を500m登っても、辺りの景色は麓のそれと同じです。1000m地点まで登っても、それに大きな変化は起こりません。やっぱり、見るのは山地帯のそれです。しかし、1500mまで登りきると、景色は一変します。目の前に広がるのは、山地帯とはまったく異なる亜高山帯の植相です。これが、量から質への転化です。漸次的な進化による飛躍、すなわち一歩高いステージへの移行による相転移の出現です。
「えっ、これからは、社会主義革命は目指さないの!」とガッカリしないで、漸次的進化の過程が引き起こす飛躍と、その後の連続的な社会主義的変革を展望した新綱領こそが、社会主義・共産主義に至る確かな道筋を示していることに確信をもって、この綱領を勇気を持って採択しようではありませんか?
大会が終わったら、新綱領の描く未来を一人でも多くの方に届け、社会主義への強い忌避感を克服する戦いを開始しましょう。
次は、休憩をはさんで、三つ目の、《悪夢の民主党政権がもたらした負の遺産》を清算するための《政権を担当する能力の獲得》の問題について報告します。
結び
この未来の党首である宮本哲三氏の大会報告を、当然に、「マルクス主義と日本共産党綱領の否定だ」とする見解もありえる。しかし、極めて現実的な綱領路線への転換として歓迎する向きもある筈だ。後者の人々にとっては、この新綱領は、国民各階層に根強く定着している「社会主義への強い忌避感」を克服する最高の武器となる。そうなれば、喜ばしい限りである。日本共産党の綱領に本稿の提言が反映されればだが・・・。「なーんとか、そういう道が拓けないだろうか」と夢想する昨日今日である。
2023/04/18 漸次的進化過程とと社会主義変革との関連性を明確化
2023/04/18 ジョイント・マネージメント型の社会主義革命という概念を明確化
2023/04/18 ホーキング博士の講演要旨(意訳)を追加
2023/04/18 序文に「本稿のもう一つの目的」を追加
2023/04/18 民主主義革命から社会主義への過程を図式化
2023/04/19 漸次的進化による飛躍は移行の段階を経ることを明記
2023/04/20 社会主義的変革の中心課題を変更 生産手段の社会化⇒生産の社会化
2023/04/21 ポスト資本主義以前と以後の改革の質の違いを明確化
2023/04/21 飛躍の第一形態と第二形態との文言を追加